あゆみ登場以前の浜崎といえば釣りバカ日誌のハマちゃんしかいなかったそうです

このブログ、以前は大量の下書きを毎日20時に予約投稿してたんですが、最近は書いてすぐ出すというマスカキシステムを採用しています。

とはいえ、実は下書きのまま放置して出してない記事もいっぱいあるんです。時事ネタを書いたものの投稿する時にはあまりにも状況が変わっていたり、悪口が過ぎるように感じたものは予約を取り消してます。

つい最近も取り消しました。Mってドラマの実況をSNSでしている人たち…のなかの一部の人たちのことを書いたんですけど、やめました。このままデータの海に消えていくんでしょうけど、Mの実況者たちも消えていくので、痛み分けってことで。

 

Mは見ていないしMのSNSでの盛り上がりについても口をつぐむというなら、もはや浜崎あゆみの話しか残されていませんが、ぼくは世代的には浜崎世代なので話すこともできなくはありません。でも人から「きみ、浜崎世代だよね」と言われたら烈火の如く怒るので、絶対に言わないでください。

 

Mも含めてですが、浜崎あゆみもいつのまにかネタっぽくなりましたけど、全盛期…とりあえず、それをぼくが中学の時と考えますので20年くらい前ですね。その頃は当然ネタっぽい存在ではない。

あの鼻にかかった声と喋り方を真似されたり、深夜の馬鹿力でリスナー電話参加の浜崎あゆみ選手権があったりしましたが、それはむしろ中世の道化師が王様を笑うようなもので、浜崎あゆみの絶対的な人気と権威があり、そこからの落差を利用し成立していたように思います。

 

実際、ぼくが中学生の頃、女子たちが教室の後ろの黒板に浜崎あゆみの歌詞を書いたり、ライブチケットの抽選に応募する男子もいましたし、挙げ句の果てには「卒業式で三年生に贈る歌を浜崎あゆみのMにしよう」という気が違った意見すら出る有様でした。

 

ちなみにぼくも件の男子にライブへ誘われて抽選に応募しました。ぼくは浜崎あゆみでヌイたことはありますし、ネット上で浜崎あゆみアイコラを集めていたこともありますが、彼女の歌自体はろくに聴いてませんでしたので「生で見て新鮮なオカズをゲットするで!」くらいに思っていましたが、しかし考えてみると、友達に誘われたとはいえ、ただのオカズ要員のライブに行こうとすること自体が当時の浜崎あゆみの圧倒的大衆性の証左だと思います。いまとなってはしっかり覚えてないですが、そのくらいの興味を浜崎末端構成員のぼくですら持っていたことになります。ちなみに抽選には外れました。

 

もうすでに1000文字は超えてしまいました。

まだ話の始まりだったのですが、とりあえず、もう終わります。続きはまた明日です。現在、ぼくはとても暇な状況なので、このあいだにいっぱい下書きを作るつもりなのです。ではまた明日。

 

 

おしまい